マネージャーが身につけるべき視点転換力:リフレーミングでレジリエンスを高める
仕事の現場では、予期せぬ困難、計画の変更、部下との意見の相違、あるいは市場の変動など、様々なストレスやプレッシャーに直面します。特にマネージャーの立場にある方々は、自身の業務だけでなく、チームや組織全体の成果にも責任を負うため、これらの課題がメンタルに与える影響は大きいものとなります。
このような状況下で、困難を乗り越え、逆境から立ち直る力、すなわち「レジリエンス」は極めて重要な要素となります。レジリエンスを高めるための様々なアプローチがありますが、その中でも「視点を変える力」、つまり「リフレーミング」は、私たちが直面する状況の意味付けを変え、感情や行動にポジティブな変化をもたらす強力なスキルです。
本稿では、マネージャーがレジリエンスを高めるために、どのようにリフレーミングを活用できるのかについて解説します。
リフレーミングとは何か
リフレーミング(Reframing)とは、ある出来事や状況、あるいは自分自身の思考や感情に対して、これまでとは異なる「枠組み(フレーム)」や「見方(視点)」を与えることで、その意味合いや捉え方を変える心理学的な技法です。
例えば、「失敗してしまった」という出来事に対して、「自分は能力がない」と捉えるのではなく、「この失敗から重要な教訓を得られた」と捉え直すことがリフレーミングの一例です。同じ出来事でも、どのようなフレームを通して見るかによって、それに伴う感情や、その後の行動は大きく変わります。
リフレーミングは、単なる楽天的なポジティブシンキングとは異なります。困難な現実やネガティブな感情を無視したり否定したりするのではなく、それらを一度受け止めた上で、他の可能性や側面を探る建設的なプロセスです。
なぜマネージャーにリフレーミングが必要なのか
マネージャーは、日々多くの決定を下し、様々な人間関係の中で仕事を進めます。その過程で、以下のような状況に頻繁に直面する可能性があります。
- 予期せぬ問題発生: プロジェクトの遅延、システムトラブル、顧客からのクレームなど。
- 部下のパフォーマンス問題: 部下の成長の遅れ、目標未達、モチベーション低下など。
- 自身の目標未達や失敗: 自身の担当業務での失敗、期待された成果が出せないなど。
- 組織の変更: 体制変更、戦略転換、予算削減など。
- 人間関係の軋轢: 部下、同僚、上司、他部署との意見対立やコミュニケーション問題。
これらの状況を「自分にはどうしようもない」「なぜ自分だけがこんな目に」「これは完全に失敗だ」といったネガティブなフレームで捉え続けると、意欲の低下、ストレスの増大、判断力の鈍化を招き、結果としてレジリエンスは損なわれます。
一方で、リフレーミングによってこれらの状況を異なる視点から捉え直すことができれば、以下のようなメリットが生まれます。
- 感情のコントロール: ネガティブな感情に囚われにくくなり、冷静さを保ちやすくなります。
- 問題解決能力の向上: 異なる視点を持つことで、新たな解決策やアプローチが見えやすくなります。
- 学習と成長の促進: 失敗や困難を学びや成長の機会と捉え直すことができます。
- モチベーション維持: 困難な状況でも、その中の意味や目的に焦点を当てることで、前向きな姿勢を保ちやすくなります。
- 建設的なコミュニケーション: 相手の行動や言動の背景にある意図を推測するなど、共感的な視点を持つことで、円滑なコミュニケーションが可能になります。
このように、リフレーミングは、自身がプレッシャー下で高いパフォーマンスを維持し、レジリエンスを強化する上で、非常に有効な心の技術なのです。
マネージャーのためのリフレーミング実践方法
リフレーミングは意識的な練習によって身につけることができます。日々の業務の中で実践できる具体的な方法をいくつかご紹介します。
1. ネガティブな「自動思考」に気づく
まず、ある出来事に対して無意識のうちに抱いてしまうネガティブな思考や感情(「自動思考」と呼ばれます)に気づくことが第一歩です。 例えば、部下が報告書を期日までに提出しなかった際に、「またか。この部下はいつもだらしない」という思考が浮かんだとします。これが自動思考です。
実践: * ネガティブな感情が湧いたときに、「今、自分は何を考えているだろう?」と自問してみる。 * 可能であれば、どのような出来事に対して、どのような思考や感情が湧いたのかを簡単にメモする習慣をつける。
2. 状況を客観的に記述する
感情的な評価を交えず、起きた出来事や状況を事実として客観的に記述してみます。 例:「部下が報告書を期日までに提出しなかった。」(「だらしない」という評価は含めない)
実践: * 「良い」「悪い」「ひどい」といった形容詞や、主観的な評価を避け、データや観察に基づいた事実に焦点を当てる。 * 第三者の視点から、その状況を説明するとしたらどうなるかを考えてみる。
3. 異なる視点を探す(フレームを変える)
客観的に記述した状況に対して、意識的に異なる視点や解釈を探します。これがリフレーミングの核心です。いくつかのフレーム変換の例を挙げます。
- 原因の視点: なぜそうなったのか?(部下のスキル不足? 業務量の多さ? 認識のズレ? 指示の不明確さ?)
- 目的の視点: この出来事は何を教えてくれているのか?(マネジメント方法の見直し? コミュニケーションの改善点? 部下のサポートの必要性?)
- 時間軸の視点: 短期的には問題だが、長期的にはどうか? 5年後、この出来事をどう記憶しているだろうか?
- 全体像の視点: この問題は全体の中でどのような位置づけか? 他の良い点は何か?
- 挑戦の視点: これは乗り越えるべき試練、成長の機会だと捉えられないか?
- 強みの視点: この状況で発揮できる自分の強み、チームの強みは何か?
- 他者の視点: 関係者はこの状況をどのように見ているだろうか?(部下の立場、他部署の立場)
実践: * 「この状況を別の言葉で言い換えるとしたら?」「これの良い側面は何か?」「この出来事から学べることは?」といった問いを自分自身に投げかける。 * あえて最もポジティブな解釈と最もネガティブな解釈の両方を考えてから、最も建設的な解釈を選ぶ練習をする。 * 信頼できる同僚やメンターと話して、異なる視点を得ることも有効です。
リフレーミングの言葉の例: * 「失敗したが、これは次に活かせる貴重な経験だ。」 * 「部下が反発しているのではなく、彼らはより良い方法を真剣に考えているのかもしれない。」 * 「厳しい意見だが、これは自分の盲点に気づかせてくれるフィードバックかもしれない。」 * 「計画変更は負担だが、より状況に適したアプローチを考えるチャンスだ。」
マネージャーとしてチームや部下へのリフレーミング活用
リフレーミングは、自分自身のレジリエンスを高めるだけでなく、チームや部下のレジリエンスをサポートするためにも活用できます。
- 部下の失敗へのフィードバック: 部下が失敗した際に、単に結果を責めるのではなく、「この経験から何を学べたかな?」「次に同じ状況になったら、どのようなアプローチが考えられるだろう?」と問いかけ、失敗を学びの機会としてリフレーミングすることを促します。
- 困難な目標への挑戦: チームが困難な目標に直面した際に、「これは達成不可能だ」といった諦めのムードではなく、「これは私たちの能力を最大限に引き出すチャンスだ」「この目標を達成することで、チームは大きく成長できる」と、挑戦的なフレームで捉え直すように働きかけます。
- ネガティブな状況への対処: 組織変更や業績不振など、チームにとってネガティブに捉えられがちな状況に対して、その背景にある意図や、将来的なポジティブな側面(例:組織の機動性向上、業務効率化の機会など)に光を当て、不安を軽減し、前向きな適応を促します。
- 意見対立の解消: チーム内で意見が対立した場合、単なる対立としてではなく、「様々な視点が出ている証拠」「より良い結論を導くための建設的な議論」として捉え直し、対立を恐れずに意見を出し合える雰囲気を作ります。
部下やチームに対してリフレーミングを促す際は、一方的に新しい解釈を押し付けるのではなく、彼ら自身が異なる視点に気づけるようにサポートすることが重要です。共感的に耳を傾け、オープンな質問を投げかけることから始めてみてください。
まとめ
仕事におけるプレッシャーや変化は避けられないものです。しかし、それらの状況をどのように捉えるかによって、私たちのメンタルへの影響、そしてその後の回復力や適応力は大きく変わります。
リフレーミングは、この「捉え方」を意識的に変えるための強力なスキルです。困難な状況やネガティブな思考に直面したときに、立ち止まり、事実を客観視し、意識的に異なる視点を探す練習を重ねることで、レジリエンスを着実に高めることができます。
マネージャーの皆様がこのリフレーミングの技術を身につけ、自分自身のレジリエンスを強化することは、激しい変化の時代を乗り越える上で不可欠です。そして、このスキルをチームに広げることで、組織全体のレジリエンス向上にも貢献することができるでしょう。
日々の業務の中で、ぜひリフレーミングを意識的に実践してみてください。それが、変化に強く、しなやかなビジネスリーダーへの道へと繋がるはずです。